TARAとタトゥーの出会い

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

お正月はお休みをいただき、映画をたくさん観ました。そしてMehndi TARAの七年目がスタートしました。

 

2010年に自分のための遊びで始めた「消えるタトゥー」がこんなに続くなんて、当時は思いもよらなかったなあと、改めて思った新年。

 

今日は、施術中にたまにご質問を受ける、「どうしてヘナ/ジャグアタトゥーを始めたんですか?」とのご質問に、お答えしようと思います。

 

 

一番のきっかけは、インドで「ヘナタトゥー」を描いてもらい、めちゃくちゃ感動したことです!

 

※インドでは消えるタトゥーのことを「メヘンディ」と呼びます。いわゆる「ヘナタトゥー」のことで、肌を橙色に染める伝統的なタトゥーです。紺色に染まる「ジャグア」は中南米の文化です。

 

初めて「消えるタトゥー」を知ったのは、2001年、21歳の時。インドを旅していた時のことでした。(20代のころ、バックパッカーとして1年半[6ヶ月滞在×3回]、インドとネパールとスリランカを旅していました)

 

インドのバラナシというガンジス川の畔の聖地にいたときのこと。

当時、バックパッカーとして二回目のインド旅に来ていた私は、バラナシで沈没(旅人用語で、長期間同じ土地に留まること)していました。

 

バラナシは、不思議のな引力のある土地なんですよ。

目の前に景色・日常に、あまりに多様な人々がごった返し混沌としていて、神も動物も人も同じ場に存在していて(時には神さえも俗で、逆に神のような人もいる)、何が善きことで何が悪しきことなのかその境目も曖昧になり、自身も巻き込まれていく、そんな場所でした。

 

長いこと同じ宿に滞在していると、旅人たちだけでなく、宿のスタッフやその家族とまで仲良くなることがあります。ある日、宿のオーナーの実家でお昼ご飯をいただくことになり、食後にオーナーのお母さんの部屋に招かれておしゃべりをして。

 

「これはインドの女性が楽しむお洒落だよ」と、掌にヘナでレースのような繊細なインド模様を、手を休めることなくすらすらと、歌い慣れた歌を歌うように描いてくれました。

 

掌にレース模様が広がった瞬間の高揚感と言ったら!!

 

それがしばらく肌に留まって、手を観る度にわくわくする、そして段々消えていく、消えていく儚さも美しい…。それが初のヘナ体験。

 

インドでは、街の雑貨屋でヘナタトゥーの染料が簡単に手に入ります。買って自分で描いてみたんですけど、その楽しさといったら!当時は全然うまく描けませんでしたが、そんなの関係なく、とにかく楽しかったですね。

 

そしてインドから帰国して、何年かヘナのことは忘れていたのですが…

2010年にふと、アジアン雑貨屋でヘナの道具を偶然発見。これはインドのあれじゃないか!懐かしい!ということで、再び描いてみたところ…やっぱ楽しい!たまらん!!となりました。

 

自分に描くだけでなく、周りの友人にも描きまくり、そのうちにイベント出店をするようになり、やがてサロンを始め今に至る…という流れです。

 

インドで勉強したり、日本でも特定の師匠に師事したことはないんですが、過去も今も、ただひたすら楽しく描き続けて、精進、精進で歩んでいます。(ヘナの材料のつくり方は、ワークショップに参加して知識を得ました!)

 

幼稚園のころから絵描きになりたくて、イラストの専門学校にも通い、イラストレーターを目指していましたが。

 

インドとアジア雑貨屋さんのおかげで、「消えるタトゥー屋」になりました笑

絵を仕事にしているという点は、同じですけどね^^

 

人生何がどう繋がるのかなんてわかんないもんですよね。生きてるってのはそういうことの繰り返しですね。

 

インドの、ヘナを描いてくれた女性と、出会った友人たちに、感謝と敬意を。

また会いに行きたい。